気になる言葉 on 国語辞典

つい気になった言葉など、辞書で引いてみる

国語辞典の「ベクトル」と、チャート式の「ベクトル」

ふと、国語辞典で「ベクトル」を引いてみる。「国語辞典的」と数学の参考書の間に、ちょっと面白い違いがあるみたいだ。

まずは『岩波国語辞典』をみてみる。

Newton 今すぐわかる ベクトル

Newton 今すぐわかる ベクトル

 

ベクトル
(1)〔物理・数学〕大きさだけでなく、向きももった量。例、速度・力。
(2)〔数学〕要素を(縦または横に)一列に並べたもの。
▷(2)は(1)を抽象化した考え。

「大きさだけでなく、向きも」というように、ある概念に「何かを追加する」方式での記述だ。

三省堂国語辞典』も同様。

ベクトル(名)
(1)〘数〙大きさと方向をもった量。例、速度・力。
(2)〔ものごとの〕動いていく方向。方向性。

「大きさと方向」というように、(何かに)「方向」が加わっているんですよ、と語釈する。このスタイルは『新明解』でも同じ。

ベクトル
(1)〔数学・物理学で〕大きさと方向を持つ量。ベクトル量。例、速度・力。
(2)意識を向けたり進もうとしたりする方向。

結局みんな似たようなもんだな。あるい概念に「方向」という概念を加えたものが「ベクトル」なのだと主張する。

目を通した中では『日本国語大辞典』だけがちょっと異なる説明をしていた。

ベクトル
(1)速度・力など大きさ、方向によって決まる量。スカラーに対していう。平面または空間の有向線分で表わし、向きと大きさの等しいものは等しいと考える。
(2)ベクトル空間の要素。

「向きと大きさの等しいものは等しいと考える」が大事なところ。なにゆえに等しくないのかとかがよくわからないけれど、「等しくないんだけど、等しいと考えるんですよ」と説明しているわけだ。すなわち「本当はひとしくない部分」は「捨ててしまう」と、他の辞書とは違った「マイナス」の発想により説明している。

個人的には、この『日本国語大辞典』の説明を、支持したい。

数学の参考書である『チャート式基礎からの数学B』で「ベクトル」の定義をみてみよう。

有向線分とベクトル
線分ABにAからBへの向きをつけて考える時、これを有向線分ABといい、Aをその始点、Bを終点という。
有向線分は位置と、向きおよび大きさで定まるのに対して、その位置を問題にしないで、向きと大きさだけで定まる量をベクトルという。

日本国語大辞典』同様に、「位置を問題にしない」というマイナス発想の説明がなされているわけだ。

算数は「ものの個数」から「もの」を捨てて「個数」のみに抽象化するところから始まるんだ、なんてことが流行のように言われたことがあった。結局のところ、算数や数学は「いろんなものを問題にしない」ことにして、抽象概念をつくりあげる。

そういう意味で、国語辞典の中では『日本国語大辞典』が「理系的」な記述法だろうか。他に挙げた国語辞典の記述は、「数学があまり得意でない文系的」な語釈に見えるんだけれどどうだろうか。

チャート式基礎からの数学2+B―新課程

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数学II・B 基礎問題精講 四訂版

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