「けだもの」は「けもの」に「だ」がついているものな。なんだか、より「けだもの」な感じがするじゃないか。
違いはなんだろうなあと思ったきっかけは『岩波国語辞典』を読んでいたときのことだ。「野獣」の語釈を見て考え込んだ。
『岩波国語辞典』によれば「野獣」とは「野生のけだもの」だ。 なるほど確かに「けもの」よりも「けだもの」の方が「野獣」らしいか。
しかし「らしい」はあくまで主観であり、「じゃあ違いはなんだよ」と言われるとよくわからない。
とりあえず『岩波国語辞典』に責任をとってもらうことにして「けだもの」をひいてみた。
けだもの【獣】
全身が毛でおおわれ、四足で歩く動物。けもの。
え? それはないんじゃない?
ぼくたちは(いや、ぼくだけかもしれないが)「けもの」でなくて「けだもの」であるところにハァハァしたのだ(ああ、ぼくだけかもしれないな、そんなやつは)。それだけ人の心を盛り上げておいて、「けだもの」の語釈を見ると「けもの」としている。
これは悲しい。
「他の辞書はどうなんだ!」と、『三省堂国語辞典』で「野獣」を見る。
やじゅう【野獣】
野生のけもの。
うう。『三省堂国語辞典』では最初から「けもの」だ。「けだもの」で盛り上がったぼくの気持ちの持っていき場所がないじゃないか。
「こういうときのための『新明解』」と探してみても「野生のけもの」が定義だ。
しかたあるまい。「岩波」に責任をとってもらおうじゃないかということで『広辞苑』を見る。
しかし『広辞苑』も「野獣」は「野生のけもの」であるとし、また「けだもの」はすなわち「けもの」であると定義している。
「けだもの」に盛り上がったぼくの心はどうすれば良いのだ。『日本国語大辞典』にたよる。
「けだもの」の語誌欄に次のようにある。
同様の意味を表わすケモノの形と平安時代初期以来今日に至るまで共存している。共存の理由も含めて両者の意味の相違はよく解明されていない。
なんと。意味の違いはもちろん、存在の理由もわからないのだ。「けだもの」に「けもの」にない何かを感じてしまうのは、自分の中のけだもののせいなのだ。
青春時代を否定されたようで(?)なんだかさびしい発見だった。